
【最終回】
■ 光洋マイムの目指すもの
―― 五月と七月に『山本光洋マイムライブ』を行い、八月にかもねぎショット公演『霧』に役者として出演されたわけですが、今後しばらくはどんな活動をされますか。
光洋 未定ですね。一二月に仙台で二回公演をやりますけれども。
―― 方向としては、今回切り拓いた方向(物を使う・幕間劇風に滑稽さを旨とする)を推し進めるということですか?
光洋 そうですね。これで行きたいなと。やる前はみんなに責められました。「こういうものだったら舞台でやらなくても、仕事でやればいいじゃん」と。それは確かにそうだ。だけど、自分の芸を多くの人に見て欲しいと思ったときに、(マイムのマニアではない)普通の人が見てくれる作品がいくつ残ったのかというと、そんなに残ってないんですよね。マイムが好きな人にとってはいくらでもありますが、マイムの約束事・・・作っている自分もわからないうちに身についちゃったものがありますから・・・そういうのを全部取っ払ったときに、ほんとにネタが限られて来るんです。だから、やる前は自分自身も不安だったんですが、最初の一歩としてはOKだったと思ってます。
―― 最終的には、あれかこれか、ではないと思いますね。両方やっていけばいいと思うし、両方あってぼくは山本光洋だと思うんです。
光洋 作る側としては、極論に走らないとなかなか焦点を絞りきれないんですよね。今まではどっちもありだと思ってやってきたんですよ。「これは作品としてOK、これは幕間に使おう」という風に。だけど、自分の中では「そんなことをやってるから、いつまで経ってもダメなんだよ」というのがあって、だから今回は、はっきりと・・・(そういう方向を打ち出した)。
だから、しばらくはこの形で行けたらいいなと。物の代わりに人がからんできたりすると、面白いかなと思ったり。
―― そういう意味で光洋さんは、孤高の道を歩んでますね。非常に高いところで芸をされていると思います。
今回の公演は本当にすばらしくて、大成功だったと思いますが、例えば海外進出なんかを考えた場合、個々の演技を連ねていく一貫した趣向とか物語のようなものがあると、もっと多くの人に受け入れられやすいと思うんです。例えば、クラウンの第一人者ディミトリーさんの『ポーター』という舞台では、空港の荷物係のおじさんがリヤカーで荷物を運んでいて、荷物の箱を一つ一つ開けていくと、いろんな楽器が出てきて、その楽器を使って演技をする、という物語が大枠としてあるから、とてもわかりやすいんですね。
光洋 そうなんです。直前になってそう思ったんです。とりあえず、リストラされたサラリーマンが路上に来て大道芸をやってる、という設定で・・・(笑)。だから、白いワイシャツで、ちょっとだけ崩して、ネクタイの襟を立てて・・・。
―― あ、そうだったんですか。迂闊にも気がつきませんでした(笑)。
連載の最後に、光洋さんは最終的にどこを目指すのかということについて、ひとことお願いします。
光洋 もともと何の説明もなしに、笑えるなり、人を惹きつけることのできるところに行きたかったんです。落研から始まって、どんどん言葉をしゃべらない方向に行って、舞踏へ行ってまた戻ってきて・・・やっぱり、身体というものがすごく気になるんですね。
最終的には、作品じゃなくて、自分が舞台にどう立っているか・・・。今やっていることは、そのための過程だと思っていますから。・・・うまく言えませんけど。
落語を好きで聞いたりします。ぼくは最終的には、古典落語を作りたいと思ってるんですね。古典落語って、やることは決まっていても、面白いものは面白いじゃないですか。ニュアンスなのか、間なのか・・・何なのかわからない。「その人」。その人が噺に介在して出てくるじゃないですか。そこへ行きたいですね。
もちろん自分で作るわけですから新作は新作なんですけれども、奇をてらったりとか、落ちが面白いとか、物語がすごいな、というんじゃなくて、当たり前のものでありながら、お客を惹き込んでいく・・・。クラウンの人たちを見ていると、「ああ、いいなぁ」と思うことがあります。当たり前のことをやっているのに、面白かったり、「いいなぁ」と感じたりするんですね。そのために、自分は何をするか、どうそこに居るか、どう動くか、どう止まるか・・・。落ちがわかっていても、「ああ、いいなぁ」と思われるようなところへ行きたいですね。
―― 一年半、とても興味深いお話をうかがえてとても嬉しかったです。客席から見ていて、光洋さんは存在感ありますし、アウラもあると思います。益々のご活躍を楽しみにしています。ありがとうございました。
☆☆☆
ご愛読いただきましたロングインタビュー「山本光洋の笑う身体」は、今回をもちましてめでたくお開きです。
以前から光洋さんとお話をしていて感じるのは、舞台ではあまり言葉を発しない光洋さんが、ふだんのおしゃべりでは実に生き生きと言葉を紡ぎだす、ということでした。
「いったいこの人は、身体の人なのか、言葉の人なのか?」と興味を持ったことが、この連載を始めるモティーフになりました。
そして、そういう問題意識をもって光洋さんの舞台に接することで、光洋さんの芸の中に「言葉的要素」とでもいうようなものを発見することができましたし、高校時代は落語研究会に所属していたということを聞いて、もしかしたらここに光洋芸術の原点の一つがあるんじゃないか、などと考えたりすることもできました。
光洋さんの舞台の中では、身体と言葉というものが、あるときは激しくせめぎ合い、あるときは溶け合って一つになっているように感じます。
ですから、落語好きの人も、光洋さんの舞台をぜひ一度ご覧になっていただきたいと思います。きっといろいろ発見があると思います。それになにより、光洋さんの舞台は、理屈抜きで楽しいのですから。
(平成13年09月)
――おわり――