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■ 素晴らしかった『光洋マイムライブ』 ―― 五月二八・ニ九日に新宿・シアターブラッツで開催された『山本光洋マイムライブvol.1』は、とても素晴らしい舞台になりましたね。ぼくは二九日に行ったのですが、世界のどこに出しても恥ずかしくないエンターテインメントだったと思います。笑いころげながら感動しました。光洋さんご自身にとっても、一つの新しい境地を開いたのではないか、と感じました。 光洋 結果として良かったなと思ったのは、余計な説明をしなくていいということですね。前は看板に字を書いて(状況を)説明してたりしてたんですけれども、物を出すことによって、説明するまでもなく、出してきた物とどう関わるかだけをお客さんが見てる・・・。そういう風に考えて物を出したわけではないんですが。 ―― 「物」は「ことば」の代わりだったわけですか。 光洋 うーん、より具体的にさせるための手段っていうんですかね・・・。 ―― 公演の準備は大変でしたか? 光洋 最終的に、一週間前にはネタは揃えたんですよ。今までは、ネタを揃えた時点で舞台の流れは決まっていたんですけれども、今回は、最後の三日間は手伝ってくれた人間を最終電車で帰すような情態で。「うまくいかねぇナァ」と思って。最後の三日でかなり変わったと思いますよ。 ―― 今回は、わかりにくいものというか、客の側が一生懸命に解釈しなければならないようなものは全然なかったですよね。例えば『すみだの春国際フール祭』の舞台では、ベケットの「ゴドーを待ちながら」をモチーフにしたネタをおやりになったりしましたが、今回はそうしたものは無かった。いわば子どもでもあっけらかんと笑えるものばかりで構成されていました。不安というのは、そういうことですか? 光洋 そうだと思います。今回はアイディアだけというか、今までみたいに物語がきちんと収まるという、理性的な面が何もなかったんで不安だったんですね。 ―― 具体的なネタで、素晴らしいものがいくつもあったんですが、例えば「うしろ太郎」。これはいわば「ひとり二人羽織」ですね。一人の人間の背中にもう一人の人間が張りついて手だけを前に出し、前の人間の動きに合わせる、という「二人羽織」を、洋装・スタンダップで行いました。もちろん実際は光洋さんが一人でやっているわけです。二人の人間があたかも一人の人間のように演技する「二人羽織」を、もう一度逆手にとってそれを一人でやる。見えている光洋さんの手は、一人であって二人であってやっぱり一人ということですね(笑)。見ている方も複雑ですが、やっている方の計算としても複雑でしょう? 光洋 複雑ですね。ぼく、これが一番苦労したんです。土壇場までわからなくて、すいぶんみんなに助けてもらったんですよ。例えば、右手が女のキャラクター、左手が自分、というようなものは古典としてあるし、これは右手と左手をはっきり分けて、箇条書きにしていけば大丈夫なんです。でも今回は、両手とも(別キャラに)取られてるわけじゃないですか。だから、両手が自分じゃなくて、ここが自分で・・・と、右手左手とは別の分け方をしなくちゃいけなくて、それが大変でしたね。 ―― いやァ、面白かった。それから前半でびっくりしたのは「紙袋」。ネタの名前を勝手につけてますが(笑)。ビックカメラの手提げの紙袋にお尻を突っ込んでしまう。まず、これだけでびっくりしますよね。光洋さんの鍛えられた肉体だから、あんなところにお尻が入る。その状態で歩いたりして、その姿がとてもおかしい。 光洋 最初はこれだけだったんです。形が面白いなと思って。 ―― そのまま椅子の上に乗り、全身を二つ折りにするようにして袋の中に少しずつ深く身体を入れていくと、袋の底の糊付けがあらかじめはがれていて、最後にパッと袋を抜けてしまう。驚きましたねェ。 光洋 抜けるときに難しいのは、肩が引っかかるんですね。ぼくはお尻は小さいから大丈夫なんです。コートを着てた方が見た目でガサがありますから、コートを着ました。 ―― 技自体の素晴らしさもさることながら、過程を見せていくでしょう。少しずつ少しずつ深く身体を入れていって、最後にパッと抜いてしまうところでは、客席から拍手が起こりましたね。 光洋 自分では「バカな奴」って(笑)。自分じゃ好きなんですけどね、その瞬間が。 ―― 前半の白眉だったと思います。まだまだありました。
(平成13年07月)
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