
【14】
■ 演技者と観客のあいだ
―― 自分のやりたいこと表現したいことと、一般のお客さんの受け方との間にギャップがあって、悩んだわけですね。
光洋 その頃、公演をしていたジァンジァンには『十時劇場』というのがあったんです。これだったら一時間やらなくていい、五〇分ぐらいの舞台なんです。一般の公演が終わってから、九時四五分に客入れをして、一〇時に始めて、一一時までに終わらせるという。
―― 『深夜寄席』のような形ですね。
光洋 そうですね。そういう形でなら、一年間に四回ぐらいはできるんじゃないか。そう考えてジァンジァンの人に言ったら、「五ヶ月続けてやりましょう」と言うんです。「五ヶ月同じネタをやるんですか?」「そうじゃなくて、毎月ネタを変えるんですよ」。
まあ、その頃はお客さんはいいとこ一五〇人ぐらいで、「恥をかいても一五〇人の前だからいいや、やっちゃえ」と思ったんです。
そのときに、向こうの出してきた条件が、明かりはつけっぱなし、暗転とか何もなし、音を出すなら自分で出す、ということだったんです。
それで、気楽といえば気楽にやったんですが、一回目のお客さんが受けてくれたんですよ。いま考えると杜撰なことをやっているんですけれども。
それで「あ、こういう風にやればいいんだ」と。今までだったら、一〇分以下のものは作品じゃないとか、起承転結がなければ作品じゃないとか、思ってたんですけどね。それまでなら、「面白いんだけど、一分で終わっちゃうから」と切り捨ててきたネタを、その時は、「一分が面白いんだったら一分だけやっちゃえ」とやったんです。
そしたら、オッケーなんですよ。お客さんが反応でオッケーをくれるんです。
しかも、何も考えず、ただ自分が取り替えなくちゃいけないから舞台上でカセットを取り替えたんです。そこでワーッと来るんですね。
「なんだよ、俺はいままでお客さんの笑いを取るのにどれだけ計算して、それでも笑いが来なかったのに、カセットを取り替えるだけで笑いが来るのかよ」とそんなのがあって。
そこで一つ、作品に関して考え方が変わったんです。
その年は、毎回新しいことを考えながら五回やり、次の年に三回やらしてもらったんです。
それではっきりと変わったのは、価値観をお客さんに預けたんです。お客さんが面白いと言うか言わないか。
それまでの自分にあったのは、「自分が何をやりたいか」だったんです。それがなければ、苦しい思いをしてお金にもならないこんなことをやっている意味がないから、ということだったんです。
それが『十時劇場』からこっちは、そういうものを取っ払っちゃって、「お客さんが何を喜んでくれるのか」というところに価値観を預けたんです。
―― なるほど。
光洋 そうなってくると、例えば、最初はおどおど出していた擬音の言葉が、単語になって、文になっていくんですね。言葉というのは状況をはっきりさせますから、どんどん増殖してくるんですよ。
―― パントマイムの世界では、言葉を使うことに対する抵抗があるんですね。しかし、笑いを起こさせるには、観客を不安な状態に置かないことが、つまり瞬間瞬間の意味をはっきりと伝えることが必要になる。そのためには言葉は最も便利な道具になるわけですね。光洋ワールドは、そこに踏み出してきた。
光洋 あるとき、自分で思ったんです。「あれ、おれは何をやってるんだろう。コントをやってるんじゃないだろうか?」と(笑)。
それで迷っちゃって。その頃は、定期的に年に二回か三回はやってたんですけども、一年半ぐらいやらなくなっちゃって。
考えてみれば、そんなことばっかりやってるんですけどね、この十年の間に(笑)。
それでもう一度、改めて「パントマイムの作品を作ろう」と思ったんです。三〜四年くらい前から、そういうことをやり始めたんです。
それでも、いろいろ経てきてますから、いろいろなものを都合よく使ったりはしてるんですけれども。
それでもメインは、身体を動かすこと。ぼくはそれに一番時間を使ってきたし、一番自信があるから、それで行こうと。
―― それは、一度価値観をお客さんに預けたといったことと、光洋さんの中で矛盾してきてはいないのですか?
光洋 矛盾してきてないですね。
―― 越えた、ということですか?
光洋 越えたかどうかわかりませんけども、自分の中では、作品を出すかぎりは自分のやりたいことをやらなくちゃいけないということがあって、でもお客さんが喜んでくれなかったら、絵とかと違って残らないから・・・。
自分が面白いと思うことは絶対になくちゃいけない。自分の切り口は絶対ある。それがなかったらおしまいだ。ただ、それがお客さんに伝わらなくてはいけない、ということが同時にあると思うんです。
自分の思い入れだけで作ったら、お客さんはついてこない。少なくともそれで食っていこうと思うのなら・・・。食っていきたくないというんなら、それはそれでいい。潔くてそれはそれでいいんですけど。
―― それはやっぱり越えたんだと思いますよ。ある意味で独りよがり的な表現主義の時期から、一般大衆向きの時期を経て、初めて本当の光洋さんの作品ができるようになったということですから。この問題は、落語の世界にもありますし、広く芸に携わる人にとって普遍的な問題だと思いますね。
でも、そういう意味で、例えば元気いいぞうさんを見ると、面白いでしょ?(笑)
光洋 あの人はすごい。自信ありますよ。本人は自信ないといっても、舞台に出ている姿というのは、羨ましいぐらいドーンとしていますからね。
(平成13年05月)
――つづく――