
【11】
■ 続・田中泯のワークショップ
光洋 山ごもりは、八王子でやったんです。道の両側に都の保有林があるんですよ。日曜になるとハイカーが登っていくような、そんなに厳しい道ではないんです。舗装もされてますし。
拠点からある所まで行ったら、そこに一人置いて、また一〇〇メートルぐらい行ったらそこに一人置いて・・・と参加者四〇人を保有林の中に残してくるんです。 持っていっていいのは、鉛筆と気づいたことを記入する紙、一升瓶に入れた水、乾パンと氷砂糖の入った缶だけなんです。それで一週間いるんです。
「何をしたらいいんですか?」
「何もしなくていいんだ。そこにいるんだ」。
で、初日が雨(笑)。昼ごろ出発してその場所に着いて一時間も経たないうちにどしゃ降りで、ずぶ濡れ状態。一〇月のあたまぐらいだったんですが、寒くてね。
―― 傘もないわけですね。そりゃあ寒いや。
光洋 プールとかお風呂に長い間入っていると指に皺が寄るじゃないですか。もう、あれ状態。「もう死ぬんじゃないの、おれ」と思いましたよ。あわててそこら辺にある木を折ってきて屋根を作って。「そういえば昔、土はあったかいって聞いたな」、と思い出して、土の方に寝てみたら、濡れてるから全然あったかくないの(笑)。「石の方が、乾いてるからあったかいじゃないかよ」。 ずーっと起きてたんですが、それでも知らない間に寝ちゃって、起きたら雨が上がってたんです。
「死ななかった。なんだ、強いじゃないか」って。
それでひとつ「できるじゃないか」と思ったんでう。いつもだったら絶対に風邪を引くパターンですが、風邪も引かずに結構元気だったんです。ま、初日ですしね。これから七日あると思ってるから。
それからは、朝起きて・・・。せっせと巣作りを始めるわけですよ。寝られる小屋みたいなのをつくって。
あとで聞いたら、小屋を全然作らないヤツもいるんですって。ただそこにいるヤツが。あとでビックリしてましたもん。「これお前が作ったの。すごいねぇ」「(嬉しそうに)そうスかぁ」(笑)。ぼくも「これだったらずっと住めるかも知れない」と思ったぐらい・・・。最初の三日か四日ぐらい、つぎ足しつぎ足しで、雨が降っても大丈夫にして。
―― 「そこにいろ」と言われたことを、どういう風に解釈するかで違ってくるわけですね。どう解釈してもいいと。
光洋 どうでもいいんです。
乾パンの食べ方でもね、ぼくは最初に全部数をかぞえて、七等分して・・・七等分じゃない六等分して・・・最後の一日は帰る日だからいいと思ったんです・・・一日五個だったんです。二日か三日に一度、氷砂糖を一つ食べられるという計算で。
来る前に、「食える草と食えない草とどういう風に見分けるの?」って知り合いに聞いたんです。「葉の形やなんかだと似てるものもあって紛らわしいから、とにかく口に入れてみて、一分間なんでもなかったら大丈夫」と言われたんです。それで実際にこう(くちゅくちゅと)やって・・・。猿ですね。
「誰も見てないように」と思いながら(笑)。
あるとき、いい匂いのする葉っぱがあって、口の中へ入れたら甘〜くて。「のみ込みたい〜」と思ったんですが、我慢して三〇秒ぐらい経ったら、もうチクチクチクチクすごいんですよ。それから三時間ぐらい口の中がビリビリビリビリして大変だったんです。あれのみ込んでたらどうにかなってたかも知れませんね。
―― それまで「山ごもり」で死ぬ人は出なかったんですかね。
光洋 それはないですね。途中で降りる人はいるって言ってました。だから、火と刃物類は持っていっちゃいけないんですよ。人を傷つけるということは絶対にないけども、一人でずっといますから、下手に精神がおかしくなったりとか・・・。最初に「この道をまっすぐ降りていけば大丈夫だ」と言われるんです。
―― リタイアできると。
光洋 「でも、一週間いてほしいんだよ」と(笑)。あとで聞いたら、それまでの練習ではバンバンやっていて、すごく体力のあるヤツが降りてたりするんですよ。
あるとき沢蟹を見つけたんですが、「たしか蟹類は、胴体にはなんか寄生虫がいたはずだ」と思って、胴体は捨てて足を食ったんですよ。
―― 生でですか?
光洋 生に決まってるじゃないですか。火は持っていっちゃいけないんですもん。それで何日か経ったら、もっと腹が減ってきて、こないだ捨てた胴体を探してそれを食ったりして・・・。
最後の金曜日の夜ぐらいから、猛烈に腹が減ってきたんです。それは、いま考えると、「あと二日寝れば帰れる」と思いはじめるからなんですよね。
食べ物のことばかり考えるんですよ。あとで聞いたら、みんなそうなんです。国籍を問わず。食いたい物ばかりノートにびっしり書いたヤツとかもいてね。何かほかのことを考えようと思って、じゃあ、子どもの頃のことを・・・。子どもの頃・・・冬で・・・雪が降ってて・・・炬燵があって・・・炬燵の上には蜜柑が・・・(笑)。
どうしても食べ物の方へいくんですね。
最後の一日は動けないんですよ。動く気がしないの。日向で寝てるんですが、しばらくすると日の向きがかわって日陰になるじゃないですか。そうするとゆーっくりと動いて日向へ。また、日が変わるとゆーっくり動いて・・・。「何だこれは」と思いましたね。
最初のうちは、何もせずに止まってるのってつらいんです。でも最後の方は、何もせずにいれるんですよ。
―― ホームレスの人がゆっくり歩いてるのと似てますね。彼ら急ぐ必要ないから、ほんとにゆっくり歩いてますよね。
光洋 目的なくいることに慣れる、というのはすごいですね。普通は目的がないとつらくなりますからね。
で、最後の日。行く前に「日にちを間違えるなよ」と言われてたんです。間違えて降りてきた人がいたんですね。
日が降りて、上の方にいる人から、順に拾ってくるんです。「まだかな、まだかな」って見てるんですよ。いま考えると、かなり早い時間から見てたんですね。「まだ来ない、まだ来ない」と。そのとき「そういえば、日にち間違えるなよ」って言ってたなと思い出したんです。でも、もし日にちを間違えていたら、もう絶対降りるな、と思いました。もう耐えられなかった。
で、迎えに来てくれた。嬉しかった。もうヘロヘロなんですが、山小屋へ向かう最後の一〇〇メートルぐらいは走りましたもん。「なんだ俺、元気じゃないか」と(笑)。
(参加者の中に)オカマのおにいちゃんがいて、よく食べ物を作ってくれたりしてたんですが、そのおにいちゃんは先に小屋に着いてたんです。涼しい顔してましたよ。もう、気取って、こんな感じで外を見てる・・・。「もう戻ったんですか?」と言ったら、(なにげない調子で)「うん、いま戻ってきたんだ」。全然なんか・・・。
―― 苦労のあとがない(笑)。
光洋 苦労のあとがない。ただ、げっそり痩せてたけど。「大丈夫でした?乾パンはどうしました?」「全然食べなかった」「そうスかぁ」・・・(笑)。
(平成13年02月)
――つづく――