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■ 思い出は山と青い空

光洋 (ロサンゼルスのホームステイ先は)五歳と八歳のガキがいる家庭で、プール付きで、アボカドの木が植えてあったりして、けっこう良い家なんですよ。隣の家にはテニスコートがあったりして、いわゆる中産階級の家庭なんですね。
  今考えると、なんでぼくを受け入れたかわかるんです。奥さんは元スチュワーデスで、表へ出たくてしょうがないんですよ。それで二人で外に出るためには、子どもの面倒を見る人がいなければならないわけです。

―― なるほど。

光洋 多いときは週に五日ぐらいは外に出てましたよ。ぼくはその間ずっと子どもを見てました。下の方のガキはどうしようもないんです。動物と一緒ですから(笑)。上の方は小ずるいんですよ。それも最初はわかんなくてね。
  英語が全然しゃべれないまま行ったから、コミュニケーションがうまく取れないんです。奥さんはときどきプツッとくる人らしくて、いきなりバーッと怒鳴りだすんですよ。こっちは言ってることがわからないから、「えっ?」って聞くじゃないですか。すると向こうは、ゆっくりしゃべって、まだわからないと紙に書いてくれるんです。それでもわからない単語があれば、辞書で調べて、ようやくわかってから「すいません」と言うんですが、その頃には向こうも冷めちゃって「もういい」ということになるんです(笑)。

―― 喧嘩にならなくて、かえっていいじゃないですか。

光洋 でも、そんなやりとりばかりしているから、だんだん疲れてきちゃって、部屋の中に閉じこもるようになっちゃったんですよ。一日十何時間、部屋の中で新聞を読んだりしていました。結局そこは一年ぐらいいたんですけれども、覚えてることといったら、窓の向こうに見える山とその上の青い空ぐらいなものなんですよ。ロサンゼルスってほとんど雨が降らないから、いつも晴れてるんですね。

―― 街に繰り出したりはしなかったんですか。

光洋 バス停に行くまでに三〇分ぐらいかかるんですよ。それも一時間に一本ぐらいしか走ってなくて。でも、こんなことばかりしていてはいけないと思ったんで、週に一度、日曜はとにかく外に出ようということで、UCLAに行くようにしたんです。
  そこで会話学校がいくつかあったんです。ほとんど只同然の、移民相手の学校がたくさんあるんですよ。あのころ週に五〇セント、六、七〇円ですかね。それで一年間(講義を)受けられるんです。
  そうすると、だんだん情報がわかってくるじゃないですか。半年ぐらい経ってから、ある日本人に「なんでそんなところにいるの?」って言われたんです。ぼくより五つぐらい下なんですよ。中卒で出てきたのかな。全然英語ができない割には、この街に慣れてるな、って感じのやつで。聞いたら、会社に言ってホームステイ先を取り替えてもらうこともできるそうなんです。ぼくは、この家を出たら日本に帰らなくちゃいけないと思っていた。そいつは、三つか四つぐらい替えて、今すごくいいところにいるんだって。聞いたら、音楽のプロデューサーをしてる家で、子どもは同じぐらいの歳、ほとんど用事もせずに、ただ一緒にいればいいみたいな生活で、小遣いもぼくは月に六〇ドルだったんだけど、そいつは二、三〇〇ぐらいもらってた(笑)。

■ モーテルで働く

光洋 一年ぐらい経った頃、英会話学校で知り合った台湾人のおばさんが経営してるモーテルで働くことにしたんです。そのおばさんも、学校に英語を習いに来てたんじゃなくて、安い労働力を探しに来てたんですね。
  モーテルのフロントにいて、お金をもらって鍵を渡すという仕事なんです。週に一度か二度、夜八時から朝の八時まで。そこは(ロサンゼルス)ダウンタウンの、オフィス街の中心からちょっとはずれたところなんですけれども、ダウンタウンは夜は人がいないですから危ないんです。無法地帯ですね。すぐ裏がスパニッシュ・ハーレムといって、中南米から来た人がたくさん住んでるんです。
  そのモーテルは、四分の一か五分の一ぐらいはもともと部屋が埋まってるんです。なんでかというと、娼婦の一家がそこに住んでるんです。そこで商売するんじゃないですよ。
  なぜか白人の女が商売をしていて、旦那が黒人なんですよ。その黒人は、もうカッコイイんです。ビシッとスーツを着てね。そこで初めて五〇〇ドル札を見たんですよ。ピン札を渡されて、「こいつカッコイイなぁ。でもヒモだろ」と思ったんですけど(笑)。

―― 危険な目にはあいませんでしたか?

光洋 同じモーテルで働いている別の日本人が、強盗にあったんですよ。夜はドアを開けるな、と言われていたんです。ドアは鍵を閉めて、防弾ガラスの窓で応対をしろと。オーナーの言うことは当てにならないから、本当に防弾ガラスかどうかわからないですよ(笑)。ただ、厚いガラスであることは間違いないんですが。

 そいつが言うには、夜の二時過ぎにメキシコ人ぽい奴が「開けてくれ」と言ってきた。「いやダメだ」「開けろ」と二、三回やりとりをしたんだけど、「怪しい者じゃないから」というんでドアを開けたら、その途端、後ろに隠れてた三、四人ぐらいがいきなり入ってきて、カウンターに両手をつかせられて、頭に拳銃を突きつけられたんだそうです。結局、お金は全部盗られて、撃たれはしなかったんですが・・・。
  そいつは一週間ぐらいでそこを辞めました。
  それから三ヶ月ぐらい後ですよ、ぼくのときに、同じような時間に来たんですよ。「開けてくれ」って。「ダメだ」と言うんですが、しつこいんです。「どうしてもダメだ」と言ったら、「そうか」と言って後ろのポケットに手を入れて・・・。お金を取るんだと思って、渡す鍵を手に取って振り向いたら、ここ(眉間の間)にピストルがあって。防弾ガラスといっても透き通ってるじゃないですか。ほんの三〇センチぐらいの距離ですよ。「はっ」と思った途端にパンッと音がして・・・

―― 撃ったんですか。

光洋 撃ちましたよ。ウワッと倒れこんだんです。おかしいのは、倒れこんで最初に何をやったかというと、おでこに手を当ててね、「ああ、大丈夫だ」と(笑)。たぶんモデルガンだと思うんですけどね。何も痕がついてなかったですから。
  がんがんガラスを叩いている音が聞こえるんです。奥にある電話で、震えながら警察に通報したんですが、「いま強盗が入ってる」「どこだ?」と言われて、いつもならペラペラ言えるのに、言葉が出てこないんです。「ちょっと待って」と言って、向こうを見たらもう強盗はいないんです。電話に戻ったら、もう切れてる(笑)。冗談だと思ったんですね。

―― すごい話ですねぇ。

光洋 ビックリしましたよ。それからしばらくガタガタしてました。

(平成12年8月)

――つづく――

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