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■一生の仕事として 光洋 ずいぶん長い間、パントマイムを一生の仕事としていくんだ、なんて思ったことなかったんです。 ―― それも伺いたかったんです。いつ頃になって、パントマイムを生涯の仕事として考えるようになりましたか? 光洋 五、六年前にお金がなくなった時期がありまして、仕事がパタッと途絶えたんです。逆に考えると、それまでの十何年の間、あんなことをやってて、よく仕事が続いてたなって思うんですけどね。 ―― 五、六年前って、つい最近じゃないですか(笑)。 光洋 つい最近ですよ(笑)。 ―― 結婚されて、お子さまもいらして。 光洋 いました(笑)。だから、働かなくちゃいけないじゃないですか。一人だったら、適当に逃げられたんですけど。 ―― 大変なことですよね。 光洋 止まってくれないんですよ。曲をかけて、(自分が)パッと(ポーズをとって)止まったんですけれども、(通行人は)誰も足を止めないんです。五分間ぐらい止まってて、「う〜ん」としばらく考えて、煙草吸って、また止まって・・・。「これ人に見られてたらすげぇ恥ずかしいなぁ」と(笑)。「じゃ、こんどは方法を変えて」と、道路に寝ころんでたら、蹴られたりして、「あ、すいません」て謝ったりして、「これもダメかぁ」と、そのときはあらゆる手段でやりました。はじめの二回ぐらいは散々でしたね。 ―― たしかに立ち止まらせるというのが、まず勝負ですよね。バイトは何をやってらしたんですか。 光洋 掃除のバイトだったんです。床を磨く機械があるじゃないですか、あれが最後までできなかったんです(笑)。 ―― 丸いモップの親方みたいなのがグルグル回るやつですね。 光洋 平行に持っていかないとね、ちょっとでも傾くと、ズーッと持っていかれちゃうんですよ。「アーッ、どうしたらいいでしょう、どしたらいいでしょうッ・・・」「バカッ、手を離すんだよ!」(笑) ■昆虫好きの光洋少年 ―― 少し生い立ちを伺いたいのですが。ご出身は神奈川県の・・・。 光洋 小田原です。一九五七年二月七日の生まれで、今四三です。水瓶座。A型です(笑)。 ―― お家はなにをおやりだったんですか。 光洋 父親は丸の内勤めの会社員です。いまは引退してますけど。母親は美容師です。 ―― モダンなお祖母様ですね。じゃ、いわゆる「おばあちゃん子」ですね。小学校のころは、どんな子どもでしたか。 光洋 基本的に体は弱かったですね。大病はしてないんですけども、すぐに風邪を引くような子どもでした。 ―― 悪い虫には。 光洋 悪い虫には。ぼくは普通のアリは好きなんですけれども、ちっちゃいアリがいるじゃないですか。飴とかにたかっているような。あれがとにかく耐えられなくて(笑)。一〇匹くらいで別の昆虫の死骸の一部を運んでいくような・・・。 ―― 働いてて、偉いじゃないですか(笑)。 光洋 いやぁ、でも自分の中ではあれが許せなくて(笑)。その頃は、一〇メートルぐらい列をつくっているのを、全部踏んで殺したりしてましたから。 ―― 子どもはそういうことやるものなんですよ(笑)。 光洋 だから今、「あの頃はすごく可哀相なことをした」という気持ちがあるんですよ。だから、今は虫を大事にしてますよ(笑)。 ―― うわ。嫌な子どもですねぇ(笑)。 光洋 自分じゃそういう記憶はないんですが、巣の中に手を入れて、「あ、あったかいな」と感じた記憶はあるんですよ。 ―― げげー。 ――つづく――
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