【2】

■一生の仕事として

光洋 ずいぶん長い間、パントマイムを一生の仕事としていくんだ、なんて思ったことなかったんです。

―― それも伺いたかったんです。いつ頃になって、パントマイムを生涯の仕事として考えるようになりましたか?

光洋 五、六年前にお金がなくなった時期がありまして、仕事がパタッと途絶えたんです。逆に考えると、それまでの十何年の間、あんなことをやってて、よく仕事が続いてたなって思うんですけどね。

―― 五、六年前って、つい最近じゃないですか(笑)。

光洋 つい最近ですよ(笑)。

―― 結婚されて、お子さまもいらして。

光洋 いました(笑)。だから、働かなくちゃいけないじゃないですか。一人だったら、適当に逃げられたんですけど。
  で、まあ、その時にバイトをちょっとやりながら、新宿で大道(芸)をやりはじめたんですよ。ぼく、大道をやるのは、ほんとにお金がなくなったときだけですから。
  両方を同時期にやり出したんですが、両方ともつらいんですよ。大道もお客さんを止めるというのは、すごく苦手だったんです。それまでは営業とかでいろんなところへ行っても、だいたいお客さんを用意してくれてたり、(集客は)大丈夫なところでやらしてくれてたんです。それが全く日常のホコ天を通っている人を止めてから芸を見せようということになりましたから。

―― 大変なことですよね。

光洋 止まってくれないんですよ。曲をかけて、(自分が)パッと(ポーズをとって)止まったんですけれども、(通行人は)誰も足を止めないんです。五分間ぐらい止まってて、「う〜ん」としばらく考えて、煙草吸って、また止まって・・・。「これ人に見られてたらすげぇ恥ずかしいなぁ」と(笑)。「じゃ、こんどは方法を変えて」と、道路に寝ころんでたら、蹴られたりして、「あ、すいません」て謝ったりして、「これもダメかぁ」と、そのときはあらゆる手段でやりました。はじめの二回ぐらいは散々でしたね。
  それまではあんまり人の芸を見なかったんですけど、それから人の(やり方)を真剣に見たりするようになったんです。
  大道って、まず止める、人目を引くということをやらなくちゃいけないんです。まず思いつくのは人目を引く格好をすることなんですけど、ただ、それも難しいところがあって、その人のやる芸とシンクロするようなコスチュームとか格好なら・・・極端な話がパンツ一丁にしてもですよ、「この人、これを使ってなんかやってくれそうだぞ」というのなら止まってくれるんですけど、ただ変だと(笑)、ダメなんですよ。(通る人は)見るけれども、「恐いナ」と思ってそのまま行っちゃうんです。

―― たしかに立ち止まらせるというのが、まず勝負ですよね。バイトは何をやってらしたんですか。

光洋 掃除のバイトだったんです。床を磨く機械があるじゃないですか、あれが最後までできなかったんです(笑)。

―― 丸いモップの親方みたいなのがグルグル回るやつですね。

光洋 平行に持っていかないとね、ちょっとでも傾くと、ズーッと持っていかれちゃうんですよ。「アーッ、どうしたらいいでしょう、どしたらいいでしょうッ・・・」「バカッ、手を離すんだよ!」(笑)
  スイッチが親指のところにあって、慌てると、恐いからなかなか離せなくて、逆に握っちゃうんですよね(笑)。三回ぐらいそんなことがあって・・・(笑)。 バイトと大道と両方やっていて、両方ともつらいんですけれども、バイトの方はただつらいだけなんです。家へ帰って、「おれは掃除機の扱い方がうまくなりたいのか」って考えると、「いや、そんなことに時間を使うのは、やっぱり違うぞ」と。それで、どんなにつらくとも外でやってる方が、創造的な次につながることのように感じたんですね。同じつらいんでも、こっちの方が「耐えられるつらさ」というのか、こっちに時間を使ってる方が、充実感を感じたんですね。
  そのときに、「なんだ、もう戻れないじゃん」と思いましたね。

■昆虫好きの光洋少年

―― 少し生い立ちを伺いたいのですが。ご出身は神奈川県の・・・。

光洋 小田原です。一九五七年二月七日の生まれで、今四三です。水瓶座。A型です(笑)。

―― お家はなにをおやりだったんですか。

光洋 父親は丸の内勤めの会社員です。いまは引退してますけど。母親は美容師です。
  だから、ぼくはほとんど、祖母が・・・父親の母親ですが・・・可愛がってくれて。その祖母が、落語とか外映(洋画)とかが好きで。うちの祖母は、日本映画が嫌いだったんです。お涙頂戴はだめだと言って。

―― モダンなお祖母様ですね。じゃ、いわゆる「おばあちゃん子」ですね。小学校のころは、どんな子どもでしたか。

光洋 基本的に体は弱かったですね。大病はしてないんですけども、すぐに風邪を引くような子どもでした。
  昆虫採集が一番好きでした。だから、夏が好きなんですよ。いろんな虫が出てくるから。セミを取ったりとか、カブトムシをとったりとかね。
  冬のあいだに取ったカマキリの卵を部屋の中に置いたまま忘れてたんです。ある朝起きたら、「あ、地面が動く・・・」と思ってよく見たら、チョコチョコチョコっと、ほんとに細かい、成虫のままの形のカマキリがたくさん・・・。「うわ、気持ちわりぃーッ」って(笑)。
  面白いのは、子どもは昆虫が好きなんだけど、好きながらにいい虫と悪い虫とがはっきりしてるんですね。だから、すごく残酷なこともやってるんです。

―― 悪い虫には。

光洋 悪い虫には。ぼくは普通のアリは好きなんですけれども、ちっちゃいアリがいるじゃないですか。飴とかにたかっているような。あれがとにかく耐えられなくて(笑)。一〇匹くらいで別の昆虫の死骸の一部を運んでいくような・・・。

―― 働いてて、偉いじゃないですか(笑)。

光洋 いやぁ、でも自分の中ではあれが許せなくて(笑)。その頃は、一〇メートルぐらい列をつくっているのを、全部踏んで殺したりしてましたから。

―― 子どもはそういうことやるものなんですよ(笑)。

光洋 だから今、「あの頃はすごく可哀相なことをした」という気持ちがあるんですよ。だから、今は虫を大事にしてますよ(笑)。
  一度、稽古場で、ゴキブリが飛んでたのを、パッと手でつかんで外に投げたんですよ。「お前、いま何やった!」って驚かれたことがあります。「その手どうすんの?」って(笑)。
  親がいまだによく話すのはね、梅の木なんかによくこう、蛾の幼虫が巣になってるのがあるじゃないですか。固まりになって。あそこに手を突っ込んでいたらしいんですね。お客さんが来ると、それを取ってきちゃ、ポケットに入れて、お客さんに出すんだって(笑)。何匹か体を這ってたりして・・・。

―― うわ。嫌な子どもですねぇ(笑)。

光洋 自分じゃそういう記憶はないんですが、巣の中に手を入れて、「あ、あったかいな」と感じた記憶はあるんですよ。

―― げげー。

(平成12年5月)

――つづく――

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